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yamada-isak's thinking

できるだけ自分自身できちんと考えたことを書きたい。できるだけ、ね。京都から日本を、世界を考えます。

琉球はナショナリズムを超えられるか?/琉球民族独立総合研究学会が発足

昨日2013年5月15日は、沖縄が日本に復帰した、いわゆる沖縄返還から41年目にあたった。この日「琉球民族独立総合研究学会」という団体が発足した。

これまでにも沖縄では、沖縄(もしくは琉球)独立運動と総称される動きがあった。戦後の合衆国による統治、日本への復帰、米軍基地の立地がもたらす問題などが表面化するたびに、その動きは活発化し、また沈静化を繰り返して来た。

上記の研究学会は、これまでの「政治闘争」を主眼とする運動とは異なり、学術的見地から琉球民族の独立を研究するはじめての組織として注目したい。

しかし、そこには重い課題と問題点もあると考える。「民族」という概念と言葉の呪縛だ。

この研究学会の設立趣意書(要旨)をこの記事の末尾に引用する。

私が気になるのはこの趣意書に何度も登場する「琉球民族」という言葉だ。なぜ「沖縄の人々」「琉球人」ではいけないのだろうか?また「琉球民族」とはどのように定義される人々の集合なのだろうか?そこにはどのような属性を持つ人々が含まれ、また排除されるのだろうか?

趣意書に「琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族は独自の民族であ」り、「会員は琉球の島々にルーツを持つ琉球民族に限定」する、とある。ある属性(琉球民族性)を持たない人々をあらかじめ排除したい、という強い意志を感じることはできる。彼らにとって、その排除すべき者たちは、広い意味で「敵」なのである。

趣意書には「日本人は、琉球を犠牲にして「日本の平和と繁栄」を享受し続けようとしている。」とあることから、日本人(この定義も私は曖昧性を多分に含むと思うが)は琉球民族には含まれず、この研究学会から排除すべき者たちであることは明らかだ。

私はこうした会員の限定や排除が「悪」である、というつもりはない。ある目的のために研究を行う時、その目的の障害となることが明らかな者を排除することは、尅的達成の効率を考えれば、当然、現実的対策としてあり得るとは思う。

しかし、この趣意書を起草するにあたって、葛藤は無かっただろうか?もし何の疑問も無く「民族」という言葉で他者を排除することを当然と考えているとしたら、そこには、彼らが排除しようとする他者たちがこれまで犯して来たのと同じ過ちを繰り返す可能性があるとは言えないだろうか?

これは決して私がこの研究学会の会員になりたい。にも関わらず排除されている。と言うことへの恨み節ではない。私は沖縄に関わる学術的研究を行っている者ではなく、その意味で会員になる資格はない。問題は「会員」を限定する発想がそのまま「琉球民族」の範囲をあらかじめ限定することにつながり、外に対して強い排他性を帯びるとともに、民族性の強弱や可否についての複雑な闘争を内部に抱え込むことになりはしないか?と危惧するのだ。

ここでは「琉球民族」であることの要件(血統、出身地、言語、習慣、信仰など)については問わない。と言うよりも、そのような要件は、最終的に決定することが「不可能」である、と言うのが私の立場だ。民族の固有性に固執することによって、どれほど多くの悲惨な出来事が起こって来たことか。民族の概念を基礎とし、国民と領土の固有性を主張する「国民国家」は他者/異者を排除することによって自己の正当性と統合を強化し続けなければならなかった。そしてそれは、往々にして暴力の形を採らざるを得なかった。

私は今この時点で、具体的な姿をイメージすることも、言語化することもできないが、もし「国民国家」の枠組みを超える、固有性に基づく排除ではなく、共通性による包摂を基礎とする「くに」の概念を見出すことを目指すならば、この研究学会を諸手を挙げて賛同・応援したいと思う。

琉球の人々が、これまで人類が目にしたことのない、開かれつつ特異性を保持・継承・創造して行くことができる「くに」のかたちを見出し、示してくれることを期待する。また、私も自分が生きるこの「くに」で、その形を追い求めて行きたいと思う。

 

-----以下、引用(琉球新報2013.05.16記事より)

<研究会設立趣意書(要旨)>
 琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族は独自の民族である。琉球國はかつて独立国家として諸国と外交関係を結んでいた。他方、1879年の明治政府に よる琉球併合以降、現在にいたるまで琉球は日本そして米国の植民地となり、日米両政府による差別、搾取、支配の対象となってきた。
 日本人は、琉球を犠牲にして「日本の平和と繁栄」を享受し続けようとしている。このままでは、琉球民族は戦争の脅威におびえ続けなければならない。
 琉球民族は「人民の自己決定権」を行使できる法的主体である。琉球の将来を決めることができるのは琉球民族のみである。日本から独立し、全ての軍事基地 を撤去し、世界の国々や地域、民族と友好関係を築き、琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要がある。
 独立を目指し、琉球民族独立総合研究学会を設立する。会員は琉球の島々にルーツを持つ琉球民族に限定し、学際的な観点から研究を行う。担い手は独立を志す全ての琉球民族である。
 琉球民族が独自の民族として平和・自由・平等に生きることができる「甘世(あまゆー)」を実現させるために本学会を設立し、琉球の独立を志す全ての琉球民族に参加を呼び掛ける。