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yamada-isak's thinking

できるだけ自分自身できちんと考えたことを書きたい。できるだけ、ね。京都から日本を、世界を考えます。

アイデアメモ2013.05.13

 これから調べて、考えて、書きたいと思っているネタをメモっておきます。

1.憲法改正は「国会議員選挙の方法を憲法で規定する」で、まずやってみる。

2.自衛隊を、これまで世界になかった紛争解決技術集団にする。

3.基礎共同体の任意の集合として、地方制度を抜本的に見直す。

4.中波ラジオをコミュニティ放送局に解放する。

 以下、それぞれ概要を書き留めておきます。

1.憲法改正は「国会議員選挙の方法を憲法で規定する」で、まずやってみる。

憲法改正についての議論が喧しいですが、まず「私たちは憲法改正をやったことがない」という未経験状態から脱することが必要かと思います。そして、その初めての憲法改正の発議と国民投票は、圧倒的な多数で可決成立するものでありたい。

そのために一番良いのは、現行憲法で法律(公職選挙法)に委ねられている国会議員の定数、選挙区割り、選挙の方法の原則および一票の重みの(可能な限りの)平等を憲法に規定し、かつその具体的な内容を国会以外の独立機関(例えば最高裁判所)が定めることとする。

これによって「憲法は改正してはならない」という呪縛は解除され、「憲法改正=第9条空文化」という妄想は消散し、一票の格差問題も解消する。

こうして「憲法は改正できる」「憲法改正って面白い」という経験を国民が享受することを通じて、次の段階、すなわち「現在と未来の日本国民にとって望ましい憲法を考える、作る、決める」へと進むことができる。

2.自衛隊を、これまで世界になかった紛争解決技術集団にする。

たとえ集団的自衛権を憲法解釈にせよ憲法変更であるにせよ、合法化したところで、実際の戦闘状態に突入し多くの損害と犠牲を被ることを、だれも望んではいない。もし望んでいる人がいるとしたら、それは「国民の敵」と呼んで差し支えなかろう。自衛隊はその作戦遂行に必要な効果的な火力のみを保持しつつ、「別の手段」で国民(被災地住民や海外の紛争被害民などを含む)の安全を確保し、その敵に打撃を与える技術集団に改変されるべきだ。

その「別の手段」とは何か?端的に「見る力」「つなぐ力」「つくる力」だと考える。紛争地帯で、被災地で何が起こり、どのように事態が推移し、だれがどのように関与しているのかを視覚的・音響的・電子的に監視する力。近年の内紛地域(シリアなど)で頻発している情報手段の途絶(当局によるインターネット遮断など)による民主的抵抗勢力の情報連絡手段の喪失にも対応する、緊急時の情報ネットワークの構築と運用としての「つなぐ力」。破壊されたインフラや環境を高度な土木建設技術で復興・再生する力。

最新の先端技術で日々更新されるガジェットで「武装」した自衛隊は、紛争地域や前線、占領された市街地にゴキブリやハエのような監視センサーロボットを散布し、サッカーボールにしか見えない無線インターネット中継機や、靴の中敷に仕組んだGPS付きセンサーを配布し、これに接続できる強力な無線通信基盤を航空機、船舶や人工衛星を通じて提供する。つくる力については、言うまでもなかろう。

http://unchartedplay.com/

http://wired.jp/2013/05/08/insect-robots/

モバイルアドホックネットワーク

3.基礎共同体の任意の集合として、地方制度を抜本的に見直す。

中国が尖閣諸島の領有権問題を契機に、また日台漁業協定をネタに、沖縄の帰属について問題化しようとしている。尖閣諸島がどこのものか?そんなことが一義的に決められる訳もない。沖縄の帰属を議論する?沖縄の帰属は、沖縄の人々が決めることだ。

日本政府が沖縄の帰属問題に懸念を抱きつつ、日本の領土としての地位に自信を持っているなら、沖縄県民および日本国民の投票によってそれを確認すれば良い。地域がどの政府に帰属するかは、その住民が決めるべきなのだ。そして住民のいない島の帰属は「決定不能」と言うことになろう。

この問題はさらに一般化できる。現在私たちは、ある地域(集落・市街地など)がその周辺(農地・山林など)とともに、隣接する地域と一体となって市町村/都道府県を形成し、その最大集合として日本という「国土/国家」を形成することを当然と考えている。しかし、それは「当然」なのか?他の仕組みは考えられないのか?これよりももっと合理性の高い国民/国家統合の手続きと形式があるのではないか?

九州のある集落が、何らかの事情から、北海道のある集落と同じ「自治体」に属することもあり得るのではないか?どの市町村にも属さない都道府県管轄の領域、都道府県に属さない国直轄の地帯(昔の天領/今なら例えば国立公園など)があっても良いのではないか?

基礎共同体としての集落や市街地の単位を明確化し、その帰属を住民自身が選択する制度設計があり得るのではないか?また、その帰属する自治体的組織/機構は、民間企業が運営するものであっても良いのではないか?

昨今の「共通番号制度」をめぐる議論にイライラする。私なら全てのプライベートな情報が公衆に晒されたとしても、統一アカウントで私の存在の単一性/唯一性が、いつでもどこでも認証可能な仕組みを望む。そしてその認証サービスをどの組織に委託するかを自分で選べる制度を望む。さらにこれを利用しない自由も認めるべきだ(コストと手間は負担していただく)。今なら、自分のメールアカウントが管理できるようになったら例えばgoogleアカウントを取得して、それを自分のデジタル・アドレスとして一生使う(もちろん、途中でアカウント変更/プロバイダ変更は可能)。

ともかく、属地的な公共団体が公的サービスを独占する、という固定観念からは早く脱却すべきだ。

4.中波ラジオをコミュニティ放送局に解放する。

なかなか難航しているようだが、現在まで中波帯で放送されているAMラジオも早晩、V-low帯などのデジタル放送へ移行して行かざるを得ないだろう。商業的な放送事業は今後ますますインターネットのオンデマンドサービスやユーザーを特定したアフィリエイトサービスなどと連携を深めて、ユーザーの指向とコンテンツ内容の整合度を高めて行かざるを得ない。帯域幅の狭い中波帯では無理だろう。

しかしそれはあくまでも「商業的」な放送に限ってのことである。小規模な組織で、小さな地域を対象に、市民参加型で運営される「コミュニティ放送」なら、中波AMをこれからも活用して行くことができる。そして現在、コミュニティ放送に割り当てられているVHF(超短波帯)のFMラジオ放送よりも、中波AMの方がコミュニティ放送に適合性が高く、しかも安全保障上の機能も高い。

「安全保障上の機能」とは、災害時のラジオ放送や、侵略者によって占領された場合の「レジスタンス放送」のようなものをイメージしている。

中波帯AMの送信機は非常にシンプルで作りやすい。受信機に至っては「鉱石ラジオ」のように無電源で作動する極めて原始的なものでも受信できる。いざとなれば電信(トンツー)でも通信できる。無線やラジオ放送の基本的な仕組みを学ぶにも適している。こうした技術の学習機会がなければ、技術は継承されない。またその裾野は広がらない。

中波AM商業放送がデジタルに移行する場合、その送信設備等を各地域のコミュニティ放送へ移譲・移管して継承する方策を考えたい。

2013.05.13/山田章博