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yamada-isak's thinking

できるだけ自分自身できちんと考えたことを書きたい。できるだけ、ね。京都から日本を、世界を考えます。

佐々瞬個展「うたが聞こえてくる暮し(旅先と指先)」レヴュー

展覧会のレヴューです。

展覧会タイトル:佐々瞬個展「うたが聞こえてくる暮し(旅先と指先)」
webサイト:
http://artzone.jp/
http://artzone.jp/?p=2489
会場名:ARTZONE
所在地:京都市中京区河原町通三条下る一筋目東入る大黒町44 VOXビル1,2F
期間:2016年6月25日(土)~7月24日(日)
時間:平日13時~20時、土日祝12時30分~20時


以下、レビュー本文:

 佐々瞬は、役者である。現代のタレントとかエンタテイナー、アーティストなどと分不相応な呼び名で表されるそれではなく、古典的な意味での「役者」である。役者は憑依される者である。他者(実在であれ、架空であれ)の魂をその身に受け入れ、他者を演じることで世界に働きかけ、それなしには生まれない人と人の関係を創造する者である。
 今回展示された二つの作品で、佐々瞬はそれぞれ、まったく異なる役柄を演じている。

《私たちの暮らしのために》
 花森安次は、戦時中、国策広告に協力した事実を隠すことなく、戦後すぐに、企業が供給する製品を徹底して検証批判する雑誌「暮らしの手帖」を主宰した。その著者にエッセイ集「一戔五厘の旗」がある。権力の象徴としての旗ではなく、ボロ布を継ぎ合わせた庶民の旗。
 佐々瞬は、花森安次に扮する。花森の写真をもとに、カツラをかぶり、床屋で整え、花森のようにスカートをはいて扮する。
 レジデンス先の鳥取で戦中戦後を生きた婦人を尋ねる。彼女達の話を聞く。戦中の暮らし、出生兵士を見送る場面、戦後のつつましい暮らし。そして、一銭五厘の旗を作るための「はぎれ」を求める。
 はぎれには、それぞれの物語がある。その多くは母や祖母から受け継いだ着物であり、年月に色褪せ擦り切れた布は、婦人たち自身が仕立て直して枕カバーや弁当袋などに姿を変えてつかわれ続けてきた。空襲で焼けた蔵の中で蒸し焼きになった布もあった。
 佐々瞬は、いくつものはぎれを、ぎこちない手つきの針仕事で縫い合わせて旗をつくる。そしてその旗を鳥取の街のあちこちで、誇らしげに振るのだ。
 最近、現代風に改築された鳥取駅前の広場、立派なアーケードはあるが人通りがまばらな商店街。広い川原のグラウンドや堤防の上、街を見下ろす高台など。
 その後、佐々瞬はある家(佐々瞬自身のレジデンス先か?)に、旗のために布を提供してくれた婦人たちを招いて小さな人形劇を演じる。ここでは佐々瞬は、現代の無名のバイト生活に疲れ切ったフリーターに身をやつしている。旗は舞台の緞帳として吊り下げられる。
 佐々瞬の分身であり無意識でもある指人形は、灰皿(バナナケーキさん)、即席めんカップ(ビーフシチューさん)、レジ袋(歌さん)などに出会い、言葉を交わす。しかしその会話は内容に乏しく、空疎にすれ違う印象を残す。さらに、指人形の話す言葉の「...でやんす」という口調が、とぼけた非現実感を増幅させる。
 そこに空飛ぶ船が現れ、指人形に「あっちへ行かないか?」と誘う。一瞬の逡巡。しかし指人形は誘いに応じて船に乗り、「あっち」へ旅立つ。
 これを見ていた婦人たちは、劇が終わったことに気づくと、さも儀礼であるかのように拍手するのだが、そこには表現とその意味が共有できた確信は感じられない。バナナケーキやビーフシチューは、婦人たちが花森に扮して尋ねてきた佐々瞬にふるまったものであり、歌はひとりの婦人が思い出しながら歌った出征兵士を送る歌(勝って来るぞと勇ましく...)である。
 整理しよう。佐々瞬は花森安次となって、婦人たちから「布」にまつわる小さな物語を引き出す。それは佐々瞬が尋ね、布を求めることがなければ現動化することのなかった物語である。旗はそれらの物語を寄せ集め、物象化したものである。佐々瞬にとって(そしてその記録を見た私たちにとって)その旗を見ることは、それらの物語を想起することにつながり、その旗を振りかざすことは、ひとつひとつの物語に確たる存在を与える行為なのだ。
 一方、佐々瞬がそれぞれの婦人を尋ねた際の記憶が再構成されたものが指人形劇であり、その記憶は、振る舞われた食べ物や歌ってくれた歌に宿っている。しかしその記憶は断片的であり、輪郭も曖昧なのだ。そして短期のレジデンツとしてこの街に滞在する佐々瞬は、いずれどこかへ旅立って行く、通りすがりの旅人に過ぎない。
 しかし、旗は残る。確かに旗が振られた情景が残る。そして旗を形作る布の断片にまつわる物語もまた、それぞれ小さな、しかし不滅の生命を得たと言えるだろう。

ps.
 会場には、指人形劇の舞台一式と、花森安次の写真と花森に扮するために使ったカツラや衣服が姿見鏡とともに置かれている。
 指人形劇の舞台は、私に「おまえも、おまえの物語を、この舞台で演じてみろ」と誘いかけ、舞台裏に無造作に積み上げられた古い「暮らしの手帖」を手に取って開き読むように誘いかけるように感じられた。
 また、カツラや衣服、花森の写真や鏡は、私に「それを身につけ、鏡に自身の姿を映して、おまえも花森安次になれ」と誘っていた。
 しかし、私はそれらに手を触れず、眺めているだけだった。

ps2.
 会場には、旗の実物はなかった。なぜだろうか?

《あなたに話したいことがある》
 代々、畳を作ってきた藤本家である。初老の当主は、その仕事への誇りとともに、後継者となるべき息子がいないことを語る。
 しかし、娘はいる。藤本悠里子という。
 そう、この展覧会のキュレーターを務める京都造形芸術大学4回生の女子と同じ名だ。ここでは劇中の彼女を、キュレーター自身であるとする誘惑にかられるし、実際そうなのかも知れないが、確証はない。強すぎる符合があるだけだ(と考えておく)。
 劇中の彼女はスタジオで、大学構内で、畳屋の家で、代々続く伝統ある畳屋のひとり娘という立場と、芸術(アートプロデュース)の道に進みたいという自身の希望の葛藤を語る。
 そこに、旅人が現れる。サングラスをかけ、帽子をかぶった、ヒップホップなお兄ちゃんである。サングラスと帽子のために佐々瞬自身であることは確認できない。新幹線に乗って京都駅に着き、藤本畳店にやって来る。畳屋の当主、そしてその娘の話を聞くのは彼だ。
 かれはラップのミュージシャンである。機材を操り、リズムとコードをつむぎ出して行く。娘の言葉がラップのリズムに乗り始める。続いて父親の言葉も、ぎこちなくリズムに乗り始める。畳屋の従業員(そろいの黒い作業着を着た若い男性たち)の仕事の動作もリズムを刻む。
 父親の歌は「あの有名なお家元もお寺さんも、おれのお得意さん」と仕事の誇りを歌いつつ、ジャンクフード好きの一面も覗かせる。そして「お前、おれの娘の婿になるか?」と直球で聞いてきたりする。「お前たちのだれか?」ではなく単称の「おまえ?」であるから、これは従業員たちではなく、旅人に向けられた言葉と理解できる。
 一方、娘は「お父さんの気持ちは解るけど」「アートの道に進みたい」「自分の道は、
自分で決めたい」と歌う。
 これもまた、旅人が現れ、(旅人の個展のキュレーションという偶然の機会を通じて、キュレーターたる娘と旅人がその作品と展示について深く語り合う中で、)旅人が紡ぐラップのリズムに促されて、恥ずかしさもありつつ、心が開かれることで、現動化される物語の「語り」であり「詩(歌)」なのだ。
 潜在的な物語を、様々な「きっかけ」を用いて現動化し、記録する旅人、役者、美術家、音楽家。佐々瞬は、たぶん、この物語を引き出し、記録するや、またどこへともなく去って行くのだろう。

ps.
 会場の壁面には、婚姻届の用紙が、右下がりに斜めに貼ってある。そこには「藤本悠里子」の名だけが記入されている。紙面を斜めに横切って(水平に)、父親と娘が歌ったラップの歌詞が淡く印字されていた。

ps2.
 スツールではなく、畳に座って見たかった。