yamada-isak's thinking

できるだけ自分自身できちんと考えたことを書きたい。できるだけ、ね。京都から日本を、世界を考えます。

共有されたデータから、自分で拳銃を作れることの意味

一昨日、いくつかのメディアに記事が掲載されました、その一例。

WIREDjapan「ダウンロードして3D印刷できる銃」が成功:動画

http://wired.jp/2013/05/07/liberator-printed-gun/

合衆国(私はアメリカ合衆国のことを「アメリカ」と表記することを好みません。また本当は合州国と書くべきだと思いますが、ここは慣例におもねって「合衆国」とします)の大学生たちのグループ Defense Distributed(以下、彼ら) が、3Dプリンタで作製できる拳銃の部品データを公開しました。またその試射の映像も公開されました。

http://defdist.org/

http://defcad.org/

上記記事その他でこの事案については、以下の問題が提起されていると思います。

(1)プラスティック拳銃は空港などの保安検査で検知できず、違法性が高い。

(2)データを公開し、3Dプリンタで製造できることは、銃の拡散を助長し好ましくない。

私はこのグループの意図や行為を全面肯定する訳ではありませんが、上記のような問題を提起することにも違和感があります。それは、上記のかれらのサイトを読み、またデータをダウンロードして、その内容を確認した上で考えたことです。以下に詳しく書きます。

なお、以下の私の解釈は、可能な限り彼らの意図を文字通りに受け止め、「善意」に基づくものとする前提に立っており、裏の意図や意味、目論見を読むことはしていません。

1.彼らが(表向きに)めざすもの:またはコンセプト

上記サイトの「我々の目論見(our plan)」には概略、以下のようにあります。

1) DEVELOP A FULLY PRINTABLE FIREARM

 :完全に印刷(機械的複製)可能な火器の開発

2) ADAPT THE DESIGN DOWN TO CHEAPER 3D PRINTERS

 :安価な3Dプリンタへの設計の適合

3) BECOME THE WEB’S PRINTABLE GUN WIKI REDOUBT

 :WEB上の印刷可能銃器の情報拠点になる

その上で「THE IMPACT(これによる影響/衝撃)」として

This project might change the way we think about gun control and consumption. How do governments behave if they must one day operate on the assumption that any and every citizen has near instant access to a firearm through the Internet? Let’s find out.

このプロジェクトは銃器の規制と消費(購入と使用)に関する私たちの考え方に変化をもたらすだろう。市民の誰もが、また全てがインターネットを通じて銃器へのほぼ即席のアクセスを有するという仮定の上で執務せねばならないとき、統治機構はどのように行動するか?見てみようじゃないか!

そして、彼らは自分たちのマニフェストとしてJohn MiltonのAreopagitica(言論と出版の自由についての英国議会での演説)を全文、ダートマス大学のサイトから引用しています。

<解釈1>彼らは「だれもが、現代の技術的手段(ネットと3Dプリンタなど)を用いて、自分で安価に銃を手に入れることができる」と言う状態を「良い」と考えている。そしてそれは、社会を混乱や破壊に導くためではなく、統治機構の強制から逃れる自由を手にするためだ。

2.さまざまな部品と試作を経て

彼らは、この拳銃の部品製造データを公開するまでに、銃器の様々な部品を試作し、そのデータを公開しています。その一覧とデータへのリンクはhttp://defcad.org/browse/にあります。

これらの部品にはコンセプトや設計のみのものから、実際に銃器にセットして使用可能なもの(例えばAR-15狙撃ライフルの補充弾倉など)まで様々です。こうした試作を通じて素材、構造、強度、加工性などのノウハウを蓄積して来たのでしょう。そして、その過程を(たぶん)全て、淡々とネットで公開している。そこには「煽り」のようなものは感じられません。むしろ冷静に事実を積み重ねている印象があります。

<解釈2>彼らは、不満や怒り、破壊的衝動に基づいて行動しているのではなく、きわめて理性的、自覚的に計画を実行している。

3.Liberatorという、1丁の拳銃に到達

今回、彼らが公開した拳銃には Liberator という名がつけられています。文字通り「自由をもたらす者/解放者」という意味です。このLiberatorには前身があります。FP-45/Liberatorと言います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/FP-45

第二次大戦で合衆国が主に欧州の抵抗運動のために安価に量産できるよう設計製造した拳銃がFP-45/Liberatorです。安価で簡素、装填弾数は1発のみという点が今回のプラスティック銃と共通しています。そして何よりそのネーミング。ナチやファシスト、日本の帝国主義者に抵抗し自由を取り戻すために銃の名前を継承しているところに、彼らの気持ちが表れていると思われます。

<解釈3>彼らは、第二次大戦で抵抗運動を支援するために作られたFP-45/Liberatorの直系の子孫として、自分たちが開発・設計した拳銃を位置づけている。

4.鉄片を挿入することを指示するマニュアル、および法令引用

彼らのリーダーと思われるCody R. Wilsonさん(下記Twitter)はテキサス大学ロースクールの学生です。合衆国には銃の所持だけではなく「製造」を規制する制度があり、彼らはすでにこの法令に基づく認可を得ているそうです(WIRED記事による)。

https://twitter.com/Radomysisky

私は公開されている設計ファイルをダウンロードして解凍し、内容を確認しました。一部の記事にファイルがダウンロードできない、とありますが、できます。ダウンロード手順がやや煩雑ですが、ガードは何も掛かっていません。

参考までに、以下に置いておきます。ただし1週間後に消去します。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/59201209/Liberator.zip

これを解凍して頂くと判りますが、Liberatorフォルダ内のDD Liberator(stl)フォルダに入っている拡張子.stlのファイルが部品データです。そのひとつ(銃身=バレル部分)を展開したものが以下の画像です。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/59201209/barrel.jpg

さて、私が重要だと思うのはこれらの部品データではなく、付属してるReadMe.txt(英語版の説明書)、および後述する「中国語版」と図版です。

英語版の説明書には「組み立て要領」が記述されています。その中で私が注目する箇所は、以下の部分です。

How to legally assemble the DD Liberator:
-Print (ONLY) the frame sideways (the shortest dimension is the Z axis).  USC18 922(p)(2)(A)*: "For the purposes of this subsection (The Undetectable Firearms Act of 1988) - the term 'firearm' does not include the frame or receiver of any such weapon;"
Thus, you can legally print ONLY the frame entirely in plastic, even without 3.7 ounces of steel. 
-Once the frame is finished, epoxy a 1.19x1.19x0.99" block of steel in the 1.2x1.2x1.0" hole in front of the trigger guard.  Add the bottom cover over the metal if you don't want it to show.
-Once the epoxy has tried, the steel is no longer removable, and is an integral part of the frame.  Now your gun has ~6 ounces of steel and is thus considered a 'detectable' firearm.  So now you can print all the other parts.

要約すると「フレームなど部品だけでは銃火器とは法令上呼ばれない。鉄を含まなくてもフレームは合法的に作ることができる。フレームができたら引金の前に鉄ブロックを接着せよ。そうすればこれは合法的な銃器となる。これで6オンスほどの鉄を含む<探知可能銃器>と見なせる。さあ、他の部品もプリントしよう」

ロースクールの学生です。抜かりはありません。部品状態で鉄片を固定して封入することによって、保安探知可能な合法的な銃になる。そう組み立て指示をしています。そしてその根拠となる法律へのリンク(下記)を文書の末尾に示しています。

http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/STATUTE-102/pdf/STATUTE-102-Pg3816.pdf

<解釈4>彼らは、プラスティック製の銃が保安検査に検知されない非合法なものであることを十分に理解しており、合法的に製造することを前提に組み立て指示をしている。このことから、この銃を非合法なものとして取り締まることは、非常に難しいと思われる。

5.中国語の説明書と図版

最後に、さらに注目すべき点があります。このフォルダには英語の説明書の他に、中国語の(たぶん同内容の)説明書(ReadMeChinese.rtf)と中国語表記の自動拳銃の図解(zhongdiag.jpg)が含まれています。英語以外のドキュメントはこれだけです。

図解に示された拳銃の型式はわかりませんが、ファイル名のzhongdiagが中国雲南省の町の名前と同じであることからも、中国製または中国でポピュラーな拳銃であろうと思います。

これは、何を意味しているのでしょうか??

<解釈5>彼らは、合衆国における銃の製造や所持に関する近年の議論や対立に対して一石を投じると同時に、国外(例えば中国)の抵抗勢力への支援の意図を持っていると思われる。

さて、このような事実に、中国の公安当局が沈黙を守っていることは理解できます。「こんな文書を公開して、けしからん!」とか言ったら、一気にファイルが拡散するでしょうからね。まあ、外交ルートでチクチクやってるとは思いますが。

一方、日本を含めて、一般市民の銃器の所持を禁じている国の公安当局の反応は、ちょっと気になるところです。どなたか国家公安委員会か官邸の安全保障会議に聞いてもらえません?

最後に、まとめ。というか私の総合解釈です。

このDefense Distributedの青年たちは、とても賢く、真面目な人たちだと思います。自分たちを英国の市民革命、合衆国の独立と建国、第二次大戦での抵抗運動の支援といった、これまでの合衆国の歴史を彩る「自由のための闘争」の正統な継承者と自認し、市民が権力に対して抵抗する権利を、最小限の銃器という具体的な形で、現代の技術を前提に蘇らせようとしている。いわば「レクノ・レジスタンス」なのです。

端的に言って、銃を製造・所持することが自由を保障(とは言わないまでも可能性の開示)する、という考え方に疑問がない訳ではありませんが、その一途な気持ちは良く判ります。市民が暴力で自由を勝ち取った。それこそがアメリカ合衆国の根っこにある「アイデンティティ」なのでしょう。

そのロマンチックでレトロスペクティブな幻想に、少しだけ、羨望を感じてしまいます。